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名古屋高等裁判所 昭和61年(ネ)756号 判決

控訴人・附帯被控訴人 奥村弘和

右訴訟代理人弁護士 三浦和人

被控訴人・附帯控訴人 中日設計株式会社

右代表者代表取締役 清谷太一

右訴訟代理人弁護士 小栗孝夫

同 小栗厚紀

同 渥美裕資

同 北村明美

同 石畔重次

主文

一、被控訴人・附帯控訴人の附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1. 控訴人・附帯被控訴人は被控訴人・附帯控訴人に対して金二一〇万円とこれに対する昭和五八年一一月一〇日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 被控訴人・附帯控訴人のその余の請求を棄却する。

二、控訴人・附帯被控訴人の本件控訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じて一〇分し、その三を被控訴人・附帯控訴人のその余を控訴人・附帯被控訴人の各負担とする。

四、この判決中右一1の部分は仮に執行することができる。

事実

一、当事者双方の申立

1. 控訴の趣旨

原判決中控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)敗訴の部分を取り消す。

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2. 控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 附帯控訴の趣旨

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対して金二三〇万円及びこれに対する昭和五八年一一月一〇日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

4. 附帯控訴の趣旨に対する答弁

本件附帯控訴を棄却する。

二、請求の原因

1. 被控訴人は、建築工事の設計及び監理を業とする株式会社である。

2. 被控訴人は控訴人から昭和五六年八月ころ、控訴人の所有する名古屋市名東区藤見ケ丘六二番地一、二の土地(以下「本件土地」という。)上に建設する賃貸住宅工事の設計及び監理を請負った。

そして本件のようなA型第二類で工事費が金一億円の場合の愛知県建築士事務所協会に定める設計報酬基準額は金六九一万六〇〇〇円であるところ、被控訴人と控訴人は昭和五八年二月ころ右契約にかかる設計、監理の報酬を金三〇〇万円とすることを約した。

3.(一) そして被控訴人は控訴人の意向に従い昭和五六年八月に、基本計画、基本設計(案内図、配置図、面積表、求積図、建築概要、平面図、日影図)、資金計画を作成し、同年九月これらを控訴人に引渡し、またそのころ控訴人のために名古屋市特定賃貸住宅建設融資斡旋申し込みの手続きをした。

被控訴人は名古屋市から同年一一月一八日右の斡旋通知を受けた後、実施設計として意匠図、構造計算書、構造図、電気設備図、給排水衛生設備図を作成し、同五七年二月これらを控訴人に引渡し、同年三月建築業者の見積をとった。

(二) 控訴人は昭和五七年四月ころ、被控訴人に設計変更を申し入れてきたので、被控訴人はこれに応じて基本設計のうち面積図、求積図、建築概要、平面図、日影図を再度作成し、同月二一日これを控訴人に引渡し、名古屋市に対して前記申込みの変更手続をした。また同年五月には被控訴人は、前記実施設計も変更してこれを控訴人に引渡し、地質調査、日影申請も了した。さらに同年六月には被控訴人は控訴人のために、建築確認申請をなし、同月二九日右確認を受け、翌七月には右変更案に従い建築業者の見積をとった。

(三) 被控訴人は昭和五七年七月に控訴人のために資金計画の減額修正をし、同年八月見積を依頼し、同年一一月名古屋市に斡旋申込変更届をした。

4.(一) しかるところ、控訴人は被控訴人に対して昭和五八年一一月九日右契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 控訴人の右解除は民法六四一条によるものと解すべきであり、控訴人は被控訴人に対して右同条により被控訴人が被った損害を賠償すべきものであるところ、被控訴人は控訴人のために前記3で主張したように右の請負の契約の趣旨に従い、控え目に見積もっても既に契約の約七五パーセントに相当する仕事を終えていたから、被控訴人は控訴人の右解除により、前記契約代金の約七五パーセントに相当する金二三〇万円の損害を被ったものである。

よって被控訴人は控訴人に対して本件損害賠償として金二三〇万円及びこれに対する解除の日の翌日である昭和五八年一一月一〇日から支払済にいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、請求の原因に対する答弁

1. 請求の原因1の事実は認める。

2. 同2の事実は否認する。

控訴人は被控訴人に対して被控訴人の主張するころ、名古屋市特定賃貸住宅の融資が受けられるか、受けられるとして融資の範囲内で建物の建築が可能かどうかという建築決定前の事前の相談をしたに過ぎないのである。

そもそもこの相談は、昭和五三年ころ控訴人は被控訴人に五階建の建物の平面図、配置図等の設計を無償でしてもらったことがあり、その後昭和五六年九月ころ控訴人が被控訴人の代表者に会った際、同人から右名古屋市の融資の話が出て、控訴人が試みに申込をしてほしいと依頼したことから始まったものである。そして控訴人としては本件土地上にどのような建物の建築が可能であるかがわからなかったので、被控訴人に対して正規の請負契約を締結する前の準備として、概略の設計等を無償のサービスでして貰うこととした。

したがって、この時点で控訴人が被控訴人に何かを依頼したとしても、それは被控訴人の負担で控訴人の判断のための基礎資料を提出して貰うものであって、被控訴人は将来控訴人から仕事を受注する利益を期待して自らの負担で作業をはじめたにすぎないのである。

被控訴人はその後図面等必要な書類を作成し、建築確認申請もする作業を行うにいたったが、被控訴人が設計等諸費用を控訴人に請求できるのは、現実に工事を発注したときに限られることが前提となっていたのである。

右によれば被控訴人が右の作業の為に要した費用は控訴人に請求できるものではない。

また右の時点では控訴人と被控訴人の間に何らかの合意が成立していたとしても、それは請負契約の予約かそうでなくても、正式に建築業者と請負契約をすることを停止条件とする設計契約が成立したにすぎないのである。

3. 同3の事実中、被控訴人が各種図面を作成したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4. 同4の事実は否認する。

三、抗弁

1. 被控訴人は本件土地上には日照の関係で六階建の建物が建てられないと述べていたが、控訴人において他の建築業者に相談したところ、昭和五八年一〇月ころに右土地上に六階建の建物の建築が可能なことが判明したので、控訴人は被控訴人に対して、被控訴人の調査不足を理由に昭和五八年一一月九日被控訴人に到達した同月六日付書面で前記予約又は停止条件付設計契約を撤回する旨の意思表示をした。

2. 仮に控訴人と被控訴人の間に昭和五六年九月三〇日ころ被控訴人が主張するような建築設計監理に関する請負契約が成立しているとすれば、控訴人は昭和五九年三月五日ころ被控訴人に到達した書留内容証明郵便により、次のような被控訴人の債務不履行を理由として右契約を解除する旨の意思表示をした。すなわち控訴人は被控訴人に対して、名古屋市の利子補給制度を利用して、本件土地上に多くの収益があがり、入居しやすくさらに住みやすい建物の設計を依頼し、これを被控訴人は承諾した。しかして本件土地上の近くに建てられた政美マンション(六階建エレベーター付)を前提として、控訴人は被控訴人に対し昭和五六年八月ころまでに六階建のエレベーター付のマンションを建てることの希望を申し述べていた。そして本件土地上には、右と同じような六階建マンションを建てることができたのに、被控訴人は控訴人に対して昭和五六年八月ころ被控訴人方事務所において、乙第二号証の日影図を示して、日照等の関係で本件土地上には五階建のマンションの建築を限界であると説明したので、控訴人はその言を信用したため、その後の控訴人と被控訴人の打ち合わせはエレベーターのない五階建のマンションを建築することが中心としてなされた。そのため五階建ではエレベーター分の利子の補給がないのでエレベーターの設置はしないことにした。そうすると二階はともかく三階以上になると、住みやすさを犠牲にしなければならないので、必然的に賃料を安く設定しなければならない。控訴人は右のような賃貸マンションが経済的に成り立つか否かを、具体的に多くの不動産業者に相談したところ、いずれの業者もエレベーターのないことに難色を示したのである。控訴人が右のようなマンションに不安感を抱くようになって、ほかの業者にも相談したところ、前記のように控訴人は本件土地上に六階建のマンションの建築が可能であることがわかった。

右によれば被控訴人は控訴人との契約の趣旨にしたがって債務の履行をしなかったものといわなければならない。そのため控訴人は設計を初めからやり直すことが必要になったのである。

なお経済性については、被控訴人のエレベーターなしの五階建でも、控訴人が現在建築を終了したエレベーター付きの六階建の建物でも建築費に大差はなく、また控訴人の右の六階建の建物は収益性と居住しやすさを十分に発揮している状態である。

3. 仮に被控訴人と控訴人の間に被控訴人が主張するような契約が成立しており、そのため控訴人が被控訴人に対して本件損害賠償をしなければならないとしても、控訴人は本件土地で賃貸駐車場を経営し一か月金四〇万円の収益を得ていたところ、被控訴人の要請にしたがい、昭和五七年九月から右駐車場を閉鎖して建築工事開始に備えた。しかるに被控訴人は前記債務不履行により右契約は前記のように解除された。そして控訴人は同月一日から契約の撤回を申し入れた月の末日である同五八年一一月末日まで一五か月の間右駐車場経営による得べかりし利益を喪失したが、このうち一二か月間の金四八〇万円に相当する分が被控訴人の右債務不履行と相当因果関係のある控訴人の損害である。

よって控訴人の被控訴人に対して本件の昭和六二年三月三日の本件口頭弁論期日に被控訴人の本訴請求債権と右控訴人の損害賠償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する答弁

1. 抗弁1の事実は否認する。

2. 同2の事実は否認する。

被控訴人は建築の設計を業とする者であって、顧客である控訴人の意思に反してまで五階建を強要しなければならない理由などない。したがって本件において被控訴人は、建築コスト及びその後の維持費の点を考えてエレベーターなしの五階建を勧めたのであるが、仮に控訴人がエレベーター付きの六階建を希望したのであれば、当然これに沿った設計をしたものである。被控訴人が五階建の設計をしたのは、控訴人から六階建の希望が述べられなかったからである。

控訴人が本件契約を解除した理由は自己の過度の減額要求が認められなかったからであって、他の業者に請負わせて六階建を建てたのはその後に控訴人の意向が変わったからにほかならない。ちなみに控訴人が被控訴人を知るきっかけとなった被控訴人設計の政美マンションはもともと六階建でエレベーター付のものである。

3. 同3の事実は否認する。

五、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉、小原建設株式会社に対する当裁判所の調査嘱託の結果を総合すると次の事実が認められる。

控訴人は昭和五三年ころ、本件土地で賃貸駐車場を経営していたが、右土地を効率良く利用したいと考えるようになった。そしてそのころ控訴人は、被控訴人が本件土地の近所に建てられた政美マンションの設計、監理を担当したことを聞き、被控訴人に対し将来建物を建築する時には右建物の設計監理を依頼する趣旨のもとに本件土地上にどのような建物を建てる事ができるかの検討を依頼した。控訴人は右土地上に最も効率の良い賃貸マンションを建てたいと思っていた。そして控訴人は政美マンションは気に入っていたが、右依頼に際しては政美マンション(全部で三〇戸ほどの中規模マンション)と較べて規模の小さい本件マンションの建築につき、控訴人は被控訴人に対して、建築すべき建物の規模や何階建にするか等具体的な希望は述べなかった。そこで被控訴人は、本件のような各階の戸数の小規模なマンションの場合、六階建の建物ではエレベーターが必要となり、そのための設備工事費、維持管理費が割高になり、その結果賃料も割高にならざるを得ないこと、容積率の関係から六階建の建物も五階建の建物も延床面積はほぼ同じになることに配慮を払い、日照の関係における周辺への影響や紛争防止の観点も考慮し、また、六階建の建物は一階は店舗として、二階から六階は各階二戸あて計一〇戸となるが、五階建にすると一階は店舗、二階から五階までは各階三戸あて計一二戸にすることができるので家賃も安く、入居者も多くなってより効率がよいと考えて、控訴人に対して右のことを説明して五階建の建物を建築することを勧めた。そして被控訴人は右による平面図、配置図、面積表程度の図面を作成して控訴人に示した。これに対して控訴人は店舗の大きさ、玄関の位置、駐車場の広さなどについて希望を述べたが、この段階では控訴人から被控訴人に対して六階建にしてほしいとかエレベーター設置ができないかという話はもとよりなかった。被控訴人は控訴人の右希望にしたがい手直しをしたが、当時は住宅金融公庫の融資しか受けられなかったので採算に乗らず、控訴人の右計画は一時中断された。その後昭和五六年になって、被控訴人は名古屋市特定賃貸住宅建設融資の利子補給制度を利用すれば、金利が安くなり採算に乗る可能性があることがわかった。そこで被控訴人は控訴人に対してこれを利用して賃貸マンションを建設することを勧めた。しかしそのために保証人が二人必要であったところ、一人は控訴人の母奥村きよ子を予定したが、もう一人が決まらず、そこで被控訴人と控訴人は株式会社市川工務店(以下「市川工務店」という。)に工事を特命でして貰うこと、設計監理を被控訴人が担当することを合意した上被控訴人は控訴人に市川工務店を保証人として紹介した。そして被控訴人は同年八月ころ一階部分は店舗とし、五階建三LDK一二戸の計画による基本設計を作成した。控訴人は被控訴人の作成した資料を用いて同年九月三〇日ころ自ら署名押印のうえ名古屋市に右の融資斡旋の申込をした。その際被控訴人は控訴人に対して設計、監理費は通常建築費の四パーセントである旨申し入れ、右融資斡旋の添付書類として設計監理一式金四〇〇万円と記載した見積書を提出した。同年一一月一八日ころ名古屋市から斡旋通知があったので、被控訴人は昭和五七年一月五日ころ実施設計に入り、同年二月一〇日完了し、同年三月市川工務店に見積依頼をし、同年四月八日資金計画案を作成した。ところが控訴人はそのころ、一部四LDKにするなどのグレードアップの要求をしてきたので、被控訴人はこれにしたがい同月一三日ころ基本計画を変更し、名古屋市に変更依頼をし、同月二六日ころこれに基づく実施設計に入り、同年五月一五日ころこれを完了した。さらに被控訴人は控訴人のために同年五月ころ地質調査をなし、また名古屋市に対して日影申請をなしたうえ、同年六月八日ころ建築確認申請をし、同月二九日ころ名古屋市から右確認を受けた。右の確認を受けた建物の設計はエレベーターのない五階建の建物で一階部分は店舗に、二階から五階の部分は控訴人の右要求にしたがった四LDK各階二戸の住宅となっていた。そして被控訴人は再び市川工務店に右による見積を依頼した。ところが控訴人はもともと本件の建築費は全額前記の利子補給がなされる範囲の融資金(一億九〇万円と査定された。)で賄うつもりであったところ、右見積額は右の金額をかなり上回っていたので、被控訴人に減額を要求し、これにしたがい被控訴人はそのころ減額案を作成し、他社に見積を依頼したが、その金額も右の利子補給がなされる融資金の金額を上回っていたので、控訴人は建築工事の着工をしようとはしなかった。被控訴人は昭和五八年二月二三日ころ控訴人のために本件設計監理料を金三〇〇万円に減額し、市川工務店も減額した見積書を控訴人に提出したが、それでも利子補給分以外のいわゆる自己負担金が約金二八七万円必要であることが見込まれたので、結局控訴人は市川工務店と建築請負契約を締結するにいたらなかった。そして同年三月一一日名古屋市の融資斡旋は期限切れで打ち切られてしまった。そこで被控訴人は控訴人に対して同年六月ころ、それまでの出来高に見合う報酬として金二三〇万円を請求する旨の請求書を送付した。これに対して控訴人は同年八月ころ被控訴人の事務所で被控訴人に対して「重大なミスをしていたことに気が付かないのか。」と申し向け、さらに同年一一月九日に被控訴人方に到達した同年一一月六日付の書面で被控訴人に対する設計依頼を右同日限りで解消する旨の意思表示をなし、また右書面で右のミスとは本件土地上に六階建の建物を建てることができるのに、五階建の建物しか建てることができないとして五階建の建物の建築設計をしたことをいうと説明した。そして控訴人は昭和五九年五月三一日に、小原建設株式会社との間で六階建(一階は店舗、二階ないし六階は各階二戸)、エレベーター付の建物の建築を同会社に注文する契約をなし、昭和六〇年二月末には利子補給されうる範囲内の融資金(六階建、エレベーター付となったので一億一五〇〇万円)にほぼ見合う金額金一億一五二〇万円で右建物(尤っとも金三〇〇万円の追加工事費分は除く)は完成し、控訴人は右建物の賃貸業を営んでいる。

以上の事実が認められ、原審及び当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、控訴人が名古屋市に自ら融資斡旋の申し入れをした昭和五六年九月三〇日ころには、又は遅くとも名古屋市から斡旋通知のあった同年一一月一八日ころには明示的または黙示的に、控訴人は被控訴人に対し本件土地上に建てる建物の設計監理を注文し、被控訴人はこれを請負ったものと認めるのが相当であり、また前同様右認定事実によると、被控訴人と控訴人との間には昭和五八年二月二三日ころ右設計監理の報酬につき従来金四〇〇万円と約定されていたものを金三〇〇万円に減額する旨の約束が成立したものと認められる。

控訴人は、控訴人において被控訴人に対して被控訴人の主張するころ、名古屋市特定賃貸住宅の融資が受けられるか、受けられるとして融資の範囲内で建物の建築が可能かどうかという建築決定前の事前の相談をしたにすぎず、すなわち、控訴人としては本件土地上にどのような建物の建築が可能であるかがわからなかったので、被控訴人に対して正規の請負契約を締結する準備として、概略の設計等を無償のサービスでして貰うこととしただけである、との趣旨を主張するが、右の認定事実に徴すると、昭和五三年の時点ではそのようにいえるにしても、前記昭和五六年九月の名古屋市に対する融資斡旋の申込の書類の作成以降に設計監理業者である被控訴人が控訴人のためにした仕事は単なる無償のサービスとはとうてい認められず、被控訴人と控訴人の契約に基づくものと認むべきである。

そして原審証人中村峰男の証言によると、被控訴人の取引の通例として遅くとも建築確認がおりたころには契約書が取り交わされることが多いこと、しかるに本件においては右契約書が作成されていないことが認められるが、一方原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、本件のように官庁が相手方ではなく私人が相手方の場合には契約書を取り交わさないこともあることが認められるので、右の契約書が本件で作成されなかったことは右契約の成立の認定の妨げとはならない。

三、そこで次に抗弁1・2について判断する。

1. 昭和五八年一一月九日に被控訴人方に到達した同年一一月六日付の書面で控訴人が被控訴人に対し被控訴人に対する設計依頼を右同日限りで解消する旨の意思表示をなしたことは前記のとおりである。

しかして控訴人の抗弁1で主張する右の意思表示は、被控訴人が主張する請負契約が成立していないことを前提とするものであるところ、前記認定判断のとおり本件においては被控訴人が主張する内容の契約が成立しているのであるから、この点に関する控訴人の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

2. 控訴人は昭和五九年三月五日被控訴人に到達した書留内容証明郵便により、控訴人は被控訴人に対し被控訴人の債務不履行を理由として右契約を解除する意思表示をした旨を主張する。

しかして前掲乙第一八号証、成立に争いのない乙第六、第七号証と原審及び当審における被控訴人代表者、控訴人本人尋問の各結果によると次の事実が認められる。

控訴人は前記のとおり昭和五八年一一月九日被控訴人に到達した書面(同月六日付)で被控訴人との関係を解消する旨の通知をなした。これに対して被控訴人は昭和五九年二月二九日ころ控訴人に到達した同日付の書留内容証明郵便で約定の設計料金三〇〇万円のうち出来高に相当する金二三〇万円の支払いを求める催告をしたところ、控訴人は昭和五九年三月五日ころ被控訴人に到達した同日付書留内容証明郵便によって被控訴人が本件土地上にはエレベーター付の六階建の建物を建てることができるのに、被控訴人の判断の誤りによってエレベーターなしの五階建の建物しか建てることができないとされたために多大の損害を被った旨回答したことが認められる。

しかしながら、控訴人が昭和五六年八月ころ以前に被控訴人に対して本件設計監理にかかるマンション(以下「本件マンション」という。)の建築につき、六階建のエレベーター付のものを建てることの希望や意向を申し述べたこととか、被控訴人が控訴人に対して同月ころ本件土地上には五階建のマンションの建築が限界であると述べたこととかについては、これに沿う原審及び当審における控訴人本人の供述は措信できず、前掲乙第七、第一八号証、成立に争いのない乙第二号証もこれを認めるに十分でなく、ほかにこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって前記二冒頭掲記の各証拠(但し、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は除く)に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人が内心に抱いていた気持は別論として、控訴人は昭和五八年ころになってはじめて、本件マンションにつき六階建でエレベーター付のものにしたかったとの希望を外部に対し述べるようになり、特に政美マンションが六階建でエレベーター付のものであったので、控訴人は本件マンションの建築については、政美マンションと同じく六階建でエレベーター付のものをもともと希望していたなどと右のころから強く主張し始めたこと、控訴人がその主張のころまでに六階建エレベーター付のものの建築の希望を被控訴人に述べておれば、被控訴人において設計の変更をするなどして顧客である控訴人の希望に沿った設計をしたであろうこと、現に本件マンションから一、二筆おいた西隣りに所在する同じ区画内の前記政美マンションは六階建(五階までは各六戸並び、六階は三戸並び)でエレベーター付のものであり、これの設計、監理は被控訴人においてこれを取り行ったものであること、以上が認められるのである。

そして本件マンションの設計につき被控訴人が控訴人に対して五階建のものを勧めた経緯、その判断は前記二で認定したとおりであるところ、前記各認定説示からすれば、結果的に右判断が、後になって表明された六階建にしたいとする控訴人の希望に沿わないものであったとしても、右判断自体はこれも一つの相当な見解であって、もとより不当視することはできないし、また被控訴人が六階建のマンションの設計をしなかったからといって、これを被控訴人の債務不履行とみることもできない。よって控訴人の債務不履行を原因とする右解除の抗弁は理由がなく、この点に関する控訴人の抗弁も採用できない。

四、進んで、以上の認定説示からすると、控訴人の被控訴人に対する前記認定の昭和五八年一一月六日付の書面の書面(乙第一八号証)でなした「被控訴人に対する設計依頼を右同日限りで解消する。」旨の意思表示は民法六四一条による本件契約の解除の意思表示と解すべきである。

すなわち、本件において、控訴人は右の書面で本件契約設計、監理の依頼を一方的に解消する意思表示をなしており、被控訴人としても右の書面を受領した以上は爾後控訴人との契約関係は終了したものとして対処すべきであると考えていることが弁論の全趣旨から明らかであるからである。

従って控訴人は被控訴人に対して右解除によって被控訴人が被った損害を賠償すべきところ、右の損害は被控訴人と控訴人との間に契約が成立した後右の解除までの間に被控訴人において右契約履行のため支出した費用とその得べかりし利益の合計額になるべきものであるが、さらに損益相殺の法理の適用を考慮し、右合計額は結局、右解除の時までに被控訴人がなした仕事に照応する請負代金(報酬)相当額をもってこれを算定することが衡平に合致する。

そこで右の金額について判断するに、成立に争いのない甲第六号証(社団法人、愛知県建築士事務所協会の建築士事務所の業務報酬基準)と弁論の全趣旨によると、本件の設計、監理契約は右の業務報酬基準にいうA型第二類に属するものであること、本件のような工事費が金一億円にのぼる共同住宅の設計料と監理料との各基準はそれぞれ右工事費の六・九二パーセントと三・三五パーセントとされていることが認められる。そしてこの比率は概ね六七対三三であるということができる。そしてこのことと前記二、三における認定、説示から明らかなように、被控訴人は右解除の時までに本件請負にかかる本件設計の全部と本件監理の一部(すなわち、工事施工者の選定についての助言、協力、工事費見積りのための説明等)をなしたこと、これに加えて、本件においては被控訴人は控訴人のために昭和五六年八月ころまでに名古屋市に対する同市特定賃貸住宅建設融資の利子補給制度の融資斡旋申込のための資料等を作成したこと、被控訴人は右斡旋通知があった後控訴人のグレードアップの要求にしたがい基本計画を変更し、この変更に伴う諸手続をしていること、さらに被控訴人は控訴人のために同五七年六月八日ころ名古屋市に対して建築確認申請の手続までし、同月二九日ころその旨の確認を受けたこと等を勘案するとき、被控訴人は控訴人との本件マンションの建築の設計、監理契約が成立後控訴人の前記解除の意思表示がなされるまでの間に右契約のうち七〇パーセントに相当する仕事の履行を終えていたものと認めるのが相当である。

右によれば被控訴人の前記損害額は前記金三〇〇万円の七割に当る金二一〇万円と算定されるべきである。

次に控訴人は被控訴人の債務不履行により合計金四八〇万円の損害を被ったので相殺する旨抗弁するが、被控訴人に控訴人主張のような債務不履行があったことの認められないことは前記のとおりであるから、この点に関する控訴人の右抗弁もその余の点について判断するまでもなく理由がない。

五、以上の次第であるから、控訴人は被控訴人に対して本件損害賠償として金二一〇万円とこれに対する解除の効力が生じた後である昭和五八年一一月一〇日から右支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがって、被控訴人の附帯控訴は一部理由があるから、右と一部結論を異にする原判決を被控訴人の附帯控訴にもとづきその限度で変更することとし、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。

よって民事訴訟法九六条、九二条、八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老塚和衛 裁判官 高橋爽一郎 野田武明)

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